それって自己満よ!尽くすことは愛情ではないその真実とは

LoveQuartzライター
泉びっちです。

「旦那を影で支える妻の内助の功」
「心配をして彼女の看病をする男性」

このような尽くしの美徳が
語られてきた日本では、
「尽くすこと=良いこと」だと
思っている方が大勢いるみたいなの…

 

なぜ人尽くすのか?

 

なぜ、人は好きな人や恋人に
尽くしたくなってしまうのかしら?

それは自己重要感を感じたいから、
これ以外に考えられないの。

「相手の喜ぶ顔が見たい」と言えば聞こえは
良いかもしれないんだけど、要するに
「自分が役に立っている実感を得たくて」
尽くしてしまうわけ。

その証拠に、彼氏の「ありがとう」が
なくなってくると、尽くすことで
自己重要感を感じられなくなり
「なんでこんなことをやってるんだろう」
という虚無感に覆われてしまうわよね?

逆に言えば「相手の喜ぶ顔が見えない」
のであれば、そもそも人に尽くそうだなんて思わないの。

 

尽くすことは悪いことではないけど…

 

尽くすこと自体は悪いことで
はないから、尽くしたいと
思うならつくしてOK。

でもね、その見返りを
相手に唱えるのは間違っているわ。

もし彼が
「俺に尽くして欲しい。その代わりに最大の感謝を君に送る」
という契約書にサインでもしたのであれば、
「感謝しろ!」と要求しても良いんだけど、
勝手に自分が良かれと思ってやったことに感謝を
求めるなんて自分勝手も甚だしいこと!!

言い方は悪いんだけど、それは
彼という存在を利用した自己満よ。

そんなもの遅かれ早かれ
感謝されなくなって当然。

尽くすことは決して「褒められた」行為で
はないとわたしは思うわ。

 

本当の愛情は尽くしている「ように見える」だけ

 

このようなお話をすると、
「世の中には本当に恋人に尽くし続けている人がいるでしょ!
あの人はきっと毎回相手が感謝しているから続いているんじゃないの!?」
と反論したくなるかもしれないわよね。

でもね、世の中に確かに存在している
「尽くし続ける女性」たちは、周りから見て
そう見えるだけで、本人は相手に尽くそうだ
なんて微塵も思っていないの。

ただ、そうしたくてそうしているだけ。

あるいは半自動的にしていると
言っても過言ではないのよ。

これは非常に極端な例なんだけど、
マザーテレサが人からの見返りが
欲しくてあんなに人々に尽くしていたと思うかしら?

もしマザーテレサがそのモチベーションで
やっていたらここまで偉大な女性として語り継がれなかったはず。

周りの目や、感謝されたいとか、そういうことを
一切抜きして純粋に自分がしたいと思ったからしているのです。

だからマザーテレサは「愛の人」だと賞賛されたわけなの。

 

尽くさなくても心が満たされる方法

 

『相手に尽くす』この行為は「認められたい」
「役に立っていると思いたい」「大事にされたい」
という欲求からきます。

であれば、その欲求を「尽くす」
という行為以外で埋めてあげれば良いだけ。

例えば、自分の趣味をSNSに
アップしていいねやリツイートを貰えばOK

要はその欲求の求める報酬を
社会的な対価(お金やいいね!)にすればいいの。

そっちの方がやったことがダイレクトに
跳ね返ってきますし、自分の能力も上がって一石二鳥なのよ。

え?そうじゃなくて大好きな人からの
ありがとうじゃなきゃ意味がない!!

この気持ちを持っている時点では、
「いつまでも自分が苦しい」ということに
早く気付いた方がいいわよ!